昨年は例年になく天候不順だった。 真夏日連続記録は更新、 年末に至ってもまだ暖かい日が続いた。 台風も上陸した数が多く、 また十月二十三日に発生した中越大地震では多くの死傷者が出、 家屋が倒壊した。 道路は寸断され、 新幹線も脱線し、 年末まで不通だった。 未だに自分の家に帰れない人もいる。 更に国外では、 インドネシア・スマトラ島沖で起きた大地震とそれによる大津波の被害は想像を絶するものだった。 毎日のように死者の数が増え、 今現在、 犠牲者が十五万人を超えている。
人類は進歩し、 自然をコントロールできるようになったと自慢しても、 今回の大津波により、 大自然の前にはひとたまりもないことを改めて思い知らされる。 自然の動きは、 人間の思惑に一切関係なく、 自然の法則に従って動いていく。 今回の大地震にしても、 地球全体からすれば、 ほんのわずかな地盤のズレがもたらした跳ね返りかもしれない。
それにしても、 もし昨年のような天変地異が、 一九九九年か二〇〇〇年のいわゆる世紀末に起きたら、 待ってましたとばかり、 神の怒りに触れた天罰だ、 神の最後の審判が始まったと世紀末を煽ってもおかしくない年だったと思う。 現に聖書には神との契約に背いた人間に容赦なく下される神の怒りを描いた場面は少なくない。 ソドムとゴモラ、 ノアの箱舟のように。 全知全能の神は自然をも支配する絶大の力を持つがために、 洪水や地震を自由に起こし、 神の教えに背く者や異教徒を罰すると説いているのであろう。 ノストラダムスの予言もしかり。
これに反し、 仏教では、 自然界は、 ある神様が造ったのではなく、 無始以来、 無数の因縁によって成り立っていると説く。 この問題について、 織田隆弘先生が 『大悲と信心』 の中で次のように説かれている。
若い会員から 「大日如来の偉大なお徳はわかりましたが、 宇宙すべてが大日如来の現われだとすれば、 地震によって多くの犠牲者が出る、 こういう問題は大日如来の責任になると思いますが、 これに対するご回答を下さい」 と、 いう質問がありました。 いい質問ですね。 こうこなくてはいけない。 ここで間違ってはいけないのは、 大日如来というものを何か実態のあるものとして、 人格的にとってしまうことですね。 宇宙創造の神じゃないのですから。 仏教の教えは何のためにあるかといえば、 六大 （地･水・火・風・空・識） そのものの働きは天災もおこる、 あるいは一年中家で飼っている動植物の生滅も行われる、 そういう地球上の実相をふまえて、 その上に立った幸福の道を説くものです。 人間の情愛を交えてはだめです。 そこには人間中心の善悪・好悪を必要としておりません。 厳粛な事実がある。 だから理がある。 （中略） 火山を見て地震が起こる理を知らされたのが地震学者です。 人間の迷い、 人間の幸せの道はこうあるのだということを、 ちゃんと理が説いている。 理が説いていること悟る、 それを形容して如来の説法を聞いたというのです。」
先生が述べられておられるように、 われわれは大自然の前には、 ただ虚心に従うばかりである。 自然とは、 人為の加わらない、 天然、 本来のままという意味。 「自ずから然る」、 または、 「自ずから然らしむ」 と訓ずれば、 意味がよくわかると思う。 だから自然とは科学の成り立つ法則の世界である。 故に自然の理は当然、 必然の理となる。 このように自然には、 人間の意思の及ばないおのずからそうなるべき決定的な力がある。 人間は自然に勝つことはできない。 また勝つ必要はない。 むしろ自然に学ぶ事は無限にある。 仏教では、 「自然」 を 「じねん」 とよむ。 また、 悟りの世界を 「自然法爾」 という。 この場合の自然は、 形ある物質界だけではなく、 形のない意識の世界も含めて、 人間の小ざかしい智恵の及ばない純粋な心・感情と感応する世界を意味する。
今回の台風･地震･津波の被害から、 わたくしはわれわれが法要で必ず読み上げる願文を思い出した。 願文には、 この法要はどういういきさつで何を願って行われるのかいわく因縁が記されている。 そして末尾の決り文句として、
一天四海 風雨順時 五穀豊穣
天下泰平 四海安穏
除災招福 如意円満 万民豊楽
乃至法界 平等利益
等、 称える。 これらの文言には、 天候が順調で、 農作物が豊作で、 戦争がなく平和で皆が幸せでありたいという人類の切実な願望が盛り込まれている。 普段なにげなく文章の修辞、 決り文句として見過ごしていたが、 この願文の末尾にこそ法要を営む大切な理由が表現されている。 毎日平穏無事で過ごせる事がなんと得がたいことか。 劇的な奇跡など起こらないほうが本当の幸福ではないだろうか。 今年も無事でありたいとつくづく思う。
さて、 今年は酉年に当たり、 酉年の人の守り本尊様は不動明王である。 小寺の山号は金鶏山と称する。 金鶏とは、 天上に棲む鳥である。 今年は何となく良い年のような感じがするのは考えすぎか。 仏典に出てくる鳥は、 金翅鳥(迦楼羅ともいい、 インドの怪鳥で龍を食べるといわれる)、 孔雀明王、 浄土に舞う迦陵頻伽(仏音の勝妙なることを鳥に比す) 等あるが、 特に密教では孔雀明王という仏様がおられる。 昨年 「空海高野山展」 に国宝孔雀明王像が展示されたが、 快慶の傑作である尊像は神秘的な雰囲気を強烈に感じさせた。 孔雀は毒蛇やさそりなどの毒を持ったものも平気で飲み込むが、 決して毒に犯されない。 あたかも、 いかなる煩悩でも食べ尽くし、 それを肥やしにして菩提に変えていく菩薩の行願のごとくである。 孔雀明王は煩悩を徒に敵視せず、 むしろ菩提に変えていく密教独特の仏菩薩の誓願を端的に示す仏像である。
最後に、 本年のわれわれのやるべき願いを述べたい。
今年の密門会の行事としては、 例年どおり、 東京･大阪･名古屋の月例会、 勉強会、 講習会、 観音会、 涅槃会、 盆両彼岸、 花祭り、 万灯会等行う。
今年は隆弘先生の十三回忌に当たるので、 十一月二十三日に真成院で厳修の予定。 また昨年発願した開山堂工事が四月に起工、 年末までに完成。 落慶式は来年春に予定している。
年頭に当たり、 会員諸賢には各自抱負というか、 発願を建てそれを実践してもらいたい。 例えば、 月例会や講習会にできるだけ参加する。 毎日真言念誦行を実践する。 懺悔行を成満したい。 お加持を実践し病の家族友人を救いたい。 写経をし、 百巻、 千巻を納経したい。 寺の奉仕行に積極的に参加する。 一人でいいから密門会に導く。 家族にも正純密教を理解させる。 万灯会に参加。 隆弘先生の著書を読破。 多聞のバックナンバーを読む。 家族や職場で、 和顔愛語で接するよう努力する。 ボランティアに参加する等々、 どんなに些細な事でもいいから確実に実践することが大切である。
中国では、 大晦日に雪が降れば翌年はいい年になるという言い伝えがある。
東京では珍しく雪が降ったので、 風雨順時、 五穀豊穣、 万民豊楽、 平穏無事を期待したい。