世界中が注目した新千年紀の幕開け。コンピュータ２０００年問題も大過なく終り正に大山鳴動鼠一匹、めでたしのうち新年を迎えました。
Ｙ２Ｋの新語が終わると今度はミレニアム云々などという余り内容の伴わない言葉が氾濫し始めました。
いづれこの夏以降には「２１世紀」とかあるいはその意味に近い新語、新商売が登場するのは間違いないでしょう。
それはあたかも、クリスチャンではない日本人がクリスマスとかバレンタインデーなどにケーキやチョコレートを買い他愛もなく騒いでいるようなものです。
Ｙ２Ｋ問題も考えてみれば滑稽なことであります。２０世紀は科学技術の進歩によって人類に多くの豊かさを与えてくれました。
人間の英知を以って作られたコンピュータシステムはその象徴です。しかし今度はその誤作動によって予測もできない事態が起こると云われ、
人類を不安に陥れらせたり、混乱させたり、その対応に越年待機組が続出。防災用品や非常食などの一部商品の２０００年特需景気を生み、
はたまた子供のお年玉の額まで影響を及ぼしたいという報道には正にブラックユーモアとして笑うに笑えない事でした。
今少し２０００年と云う年の意義を掘り下げてみることも一興でしょう。
数年前、それまでの縄文文化の歴史観をくつがえす遥か紀元前五千年、六千年と云うじぢに縄文人が生活していたちいう、
超一級の青森三内丸山遺跡が発掘されたことはご存知の通りです。
しかしながら私自身は、現在四国各県で開催されている「空海」展のように身近に関係する人物や文化財には興味や親近感を持ちますが、
三内丸山遺跡のように身近にありながら、
余りにも時代が古すぎると却って実感としてとらえることが出来ませんでした。
このように時間や空間の無限というのは頭で考えても、膚で実感としてとらえられないのが普通です。
ところが２０００年という区切りのよい、そして１９９９年という半端な数字がなくなって時の刻みを千年単位でとられることが出来た途端、
紀元前五、六千年のときが時空を超えて一瞬のうつに現在まで一直線上に続いて来たような感じを抱いたのです、
それはまるで川に流れに堆積していた枯れ葉や土砂が一遍に取り払われたように、とうとうと流れる来る永遠なる過去から生命の流れを身近に感じて、
自分がまるで２０００年の間生きてきたよに錯覚さえ覚えました。
それは密教的に考えるとお大師さまが説かれている時間、空間を超越した無限の世界（真理）
から有限の現実世界にいる衆生を救済する偉大なる大日如来の力にも譬えられるように感じたものです。
例えば我々の生命一つを取ってみても、私自身を産んでくれた両親、又そのそれぞれの両親…と数えてゆくと、
わづか十代前に遡っただけでも１０２４人、さらに二十代前になると十数億の夫婦、ましてや２０００年前に遡るとなると天文学数字の生命の継続であり、
さらに我々の子孫へと連綿として継続していくのです。仏教でいうところの「いのち」というのはこのような有限の生命であるのです、
現世における有限の生命の流れの一部分とするとより良く理解できます。
しかも地球上のほかの全てのものと複雑に絡み合い、縦横無尽のお互いに交渉し、応じあって永遠に結び付き合い、
融けあっている「いのち」なのであります。お大師様は『即身成義』の中で「六大は三種世間を生ず」説かれ、この世に存在するもの全てに生命がある。
三種世間とは仏さまの世界つまり大宇宙、人間を含めた生物全体の世界そして器世間即ち無生物（生として生けるものが住んでいる環境。
物質世界）の世界はすべて六大から生まれたものと説かれております。仏も人間もすべての生命も同じ生命体であるというばかりでなく、
無生物を含めた一切の存在が「いのち」をもつと云うのです。
正に「宇宙一切は六大、我も六大……我大悲に包まる 有り難し」の観想に意味がよく解ります。
このような視点でこの２０００年を悠久の命の流れの１コマとして実感的にとらえていくと少しは意義ある年になるのではないでしょうか。
一方、今世紀の集大成の年として色々と反省を交えて総括することも大切です。
何といっても今世紀の最大の特徴は科学技術の発達が人類に多くの豊かさと繁栄をもたらしたことです。
そして説くに後半期以降は遺伝子工学を始めとする生命科学のめざましい進歩をあげられるでしょう。
確かに今人類はその恩恵を無制限に享受しております、その中で、科学の時代到来と強烈に印象づけられたことはあの宇宙遊泳、
月面着陸の映像であることは言を待ちません。当時世界中の人が皆拍手喝采したものでした。
代わりに、月にまつわる竹取物語のかぐや姫やうさぎの餅つきなどのおとぎ話のロマンが一気にあの味気無い月のクレータという映像に打ち消されてしまいました。
古来日本人はつきを眺めてある者は物思いに沈み、歌を詠み、夢や恋を語り、中秋の名月十五夜のように季節感をかんじさせる良き習慣、
宗教行事を育んでいました。この事に代表されるように科学文明によって日本人の情緒ある精神世界などの大切なものが取り返しのつかないほど失ってしまいました。
また人に与えられた定命に逆らい、何としても長らえようと喘ぎ、臓器移植法は死の概念まで取り外してしまいました。
今度は卵子の冷凍保存により出産時期の選択が可能となったり、さらには卵子、
精子のバラ売りによる遺伝子人間などと生命時計を人為的に調節することが出来るのだそうです。
子供が出来ないのは不幸なことです、だから不妊に悩む人には朗報ですと医者は言うのですが、
そこまでした子供を機械的に作ろうとする人間のおぞましい精神に驚愕します。
確かに不妊は不条理なことではありますが一概に不幸なこととはいえないはずです。
子供があることが絶対幸せなのでしょうか、あの文京音羽で起こった幼稚園児殺害事件は子供をもつが故の事件です。
あるがままをしっかりと見つめ無いものを無いと大肯定して、そこから本当の幸福をめざして出発して行くことが大切であり仏教の説くところです。
科学技術はとめどもなく先へ進んで行きます。科学技術は原爆も製造しました。
果たして遺伝子組換技術は一体生命の尊厳性のどこまでにまで入り込んでゆくのでしょうか、
又その権利は倫理観の欠如した無責任な科学者に本当にあるのか重大な問題でありましょう。
このように科学の急速な発展は我々にその抑制力を考える暇もなく際限のない欲望社会を作り出してしまいました。
その産物として人倫を失い犯罪社会、無益な競争社会を生み、オゾン層破壊、ダイオキシン問題など地球環境の汚染と温暖化現象、
さらには臨海事故による原子力への不信と恐怖などを起こしております。これらの現象はＹ２Ｋ問題と同じように人類に対する業です。
復興と繁栄のアクセルをいつまで踏み続けるのでしょうか。繁栄と豊かさを引き換えに人間としての魂、尊厳性までも売ってしまったのでしょうか。
こうして見ると、どんな科学が発展しようと人間そのものは古今東西変わっていないのに気づくでしょう。
その証拠にいつの時代にも愚かな戦争があったように今なお地球のどかで続いています、
また無知無明からおこる個人、家庭、社会、国のさまざまな苦悩は古今東西何一つ解決されていないではありませんか。
昔の人と現代人では人間そのものが一つの聡明になっていないのです、
二十一世紀を間近にひかえ科学がもたらす両刃の剣をどのようにコントロールできるかゆっくりと考える必要があります。
少欲知足は大乗の説くところ、（遮情の法門）ではありますが、とうとうと流れを変えることは中々難しいことです。
それよりもむしろ人間の自己中心的な欲望を満たすことがどれ程空しいことであるかを自身で気づかせ、
その欲望のエネルギーの発散を利他の為に向かわせて、
人間だけでなく万物の共生を目指すということに大欲即ち清浄ということ（表徳の法門）になるのです、
密教のもつ遮情表徳の法門や生命観である六大縁起思想が新時代の思想原理となることは間違い無いところです。