仏教の伝道については各宗共に、長い期間師の下にあって修行しても、
その師の伝える教旨が正しく承け継がれているかどうかが大切な点です。
密教で申せば、加持は成仏道であり、具体的救済道としては、心と肉体の病を治し、
社会に浄土を建設することを意味します。釈尊の入滅後、早々に異説が行われ、
また世尊の教えが誤り伝えられることがあちらこちらにあったようです。
そこで上位の仏弟子方、即ち既に悟って仏智を開かれた羅漢方が協議せられて、
第一回結集が開かれたのです。
五百人の羅漢の集まりがあったと伝えられます。
この結集で大きな役割を果たしたのが、直接釈尊に随行して、
釈尊のお説法を最も多く聞かれた阿難尊者であります。その阿難尊者が
「私は、いつ、どこで高弟誰々と共に聞法しました。その時何百人を前に世尊はこのようにお説きになりました」と、
思い出を記憶の通りに語るのです。
すると、同じくそのお話を聞いた羅漢さまたちは、その通り私も聞いた、間違いないと証認する訳です。
さらに時をへだてて第二回結集、第三回結集が行われ、こうして纏められたことが語り継がれ、
お経として書きとめられました。
したがって仏教の信者は、如何に学識が具わった大学者であっても、
こと仏教の教理を主にした論文を書き、
話をするについては、必ず経典の中にその根拠を求めなければなりません。
もし反論された時、それに応えるに、経典に在りかを示すことが出来なければ、
その人の論文や講義は独断論とされ、全く客観的に価値のないものになる訳です。
仏教はこのように大切な教えですが、他の宗教と異なるのは、常に一貫した真理を忘れないという点にあります。
この意味で、各宗はその教理の特徴を守り、またその特徴を次代へ伝法し救済の道とするのでありますから、
必ず、師と弟子の間に伝法が行われます。この弟子ならば間違いないとなれば、血脈を授けるのであります。
殊に禅宗では、印可を与えます。
印可とは、師から「お前は仏教を正しく悟り得たり」として、
及第のお墨付きを頂戴することです。
密教の場合は、法は軽々しく伝えてはならないとして、必ず弟子として入寺させるには厳しい審査をして、
はじめて入弟子として許します。ただ弟子だから授けるということはないのです。
これは日常の生活態度での真実性を問題にするからです。
こういう慎重な準備をして教えを伝えなければならないのは、他の顕教と異なって密教では、
特に現生利益を説き、その実践によって現実に衆生の苦厄を抜く、力のある教えだからです。
ところが、如何に正純密教でも、病気を治すことや、経済的な御利益や、また諸難問解決について、
ただ物欲の満足に終始してはいけません。悟りを忘れ、戒律を忘れ、名利欲に立つ謀略を考え、
美辞麗句を用いて、その信用を得ても、その心は、法の恩を忘れ、師の恩徳を忘却しているからです。
とにかく早く病人を治せばと、法徳の出ぬうち自己宣伝をし、一獲千金の夢を見る者が過去に数人出たのです。
今も出つつあります。『多聞』にもその実例を挙げて、後進のために警告したことがありました。
チラシ宣伝をしたりその他広告も出したようですが、それも独り芝居で信者が続かず、
今では住居のマンションに居るや否や消息も聞きません。勿論密門会には何の連絡もありません。
地方巡業のようなことをやっている者もいます。密門会の会報『多聞』を見せたり、
受講証を飾って織田隆弘の弟子と自称していますが、病気を治せば、次々に信者が出来ると思うのが甘い考えです。
昔から、商人は勿論、特に技術を授かった者でさえも開業する時には、永年仕えた師の許しを得、
私はこれから開業しますが、果たしてうまく出来るでしょうかと聞くものです。或いは縁が熟して、
周囲の友人、信者が後援するから師の許しを得て独立したらどうかということで、相談に来れば、
師が判断して祝うのが、人の道いうものです。師たる者は、
この弟子なら共に教えの正しい発展を期し得ようとの考えをもった時に、力を添えるのが義務でもあります。
商家では、昔からノレン分けが行われるのは御承知の通りです。
仏教は、衆生の苦厄、迷いを救う教えですが、ただ病気を治しさえすれば教えが成就したとは云われないものです。
教えの順序が常に心にないと、仏教の戒、子弟の道どころか、俗人の人倫礼儀をも顧みないものと言えましょう。
「俺は受講料を出して得た自分の実力の発揮だから、何の挨拶が必要か」と云わんばかり、人間は平等だ、
腕づくの競争が本命だと、恰も暴力団の殴り込み同様なのもあります。
特に日頃世話になりながら一人の会員も世話せず、一巻の写経の協力もないのはどうしたことでしょう。
本尊も師も無視する態度では、果たして成功するものでしょうか。日常洋服を着しているセールスマンが、
得度したからというので、真言密教僧某と宣伝するのは、まことに見上げた心臓と言わねばなりません。
ああ、ありがたい、この会員に真底菩提心があれば、大役を与えて力になる考えであったが、
仏天の加護により本人自ら正体を暴露してくれたと、感謝しています。
このような者と話を合わせている野心家は数人いるようです。これまでの受験生は千人近くもありますから、
割合としては少ない方かもしれません。しかし、このことは私の不徳の現われでもあります。
私の力不足を警めて下さる諸天善神の現証なのであります。
平素の信心は必ず形に現れるものです。要するに平常仏恩、師恩、法徳に感謝する心があれば、
必ず布施行、奉仕行、懺悔の浄心から生まれた奉仕行があるものです。
財力の許す人は財を、そうでない人は身体や職業上に於いての供養と奉仕をして自らも喜び、
謙虚で驕る心が一片もない人こそ、仏が期待し、加持力が出るのを知っていますから、
支部を開くことを勧めているのです。加持すれば証をみるのは誰でも出来ることなのに、
自分だけが出来ると誤信するのですが、それは野心があるからです。
私は専業者、即ち本物の僧侶の出現を期待するから、真実を説いた本を刊行しているのです。
法の私有化を考えるならば刊行出来ません。自分の跡継ぎにだけ教えるでしょう。
次の講習会は、この経験にもとづいて、加持殿完成に協力された人、昭和大仏以来志納された人、
平素の宗教行事に供養協力された人等、過去の成績をよく考慮して、受講資格といたします。
また、支部設置の願いのある人をもよく選び、後援するつもりです。互いに五大願成就に微力を捧げたいものです。
それには必ず平素縁ある人々を教えて、心からなる奉仕修行が行われるようにしたいものです。
そうすると、宣伝なしで人々が訪れる程の法徳が必ず生まれるものです。
私は生来不徳の身ながら四十年の奉仕をして来ました。それでも、御存知のような状態でいられるのは、
無学の私が偉大な先徳のなし得なかった、分かり易い真言密教の本を世に出すための宿命かも知れません。
私が有難いと思ったのは、今回の『密教の門』について、高野山大学前学長、理事長、
大正大学佐藤教授から過分の読後感を寄せられ、またその他の学者からも、
これ程分かり易く書けたのは実践行の賜と評されたことです。
密門会は世界に伝法するのであります。国内では既成寺院と医師を啓蒙して、
身と社会の病を治すためとの大眼目を悟って頂きたいのです。
ああ、それには密門会がもっと権威を備える必要もあるのですが、
そのためにも会員自身が信用を落すことなきように自戒して頂きたいのであります。