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現代教育の反省
昭和59年8月
織田隆弘
 今の教育は、物と便利な科学とを造ったが、その造った物によって、逆に人間同士の争いを惹起し、敗者を多く出している。 かくて人間は、不満と不安にかこまれ、期待に背かれて、家族さえも信じられず、富の中にあって貧しい心は去らず、難病と孤独を作りつつあるのである。

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 社会主義もなるほど立派な理想である。が、実際に役立つ面と反比例の現実を現出している。 その原因としては、大きな失念が考えられる。阿片的宗教は否定しても良いが、正純密教を閑却しているのがそうである。 まだ国民に教育が普及しない時代の中に、この教は埋もれて来たのである。

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 「宗教は阿片なり」とは確かに名言であるが、その意味では密教は宗教ではない。
 仏教は、宇宙創造神も人の霊魂の実在も認めない。即ち業の因縁成を説く。けれども、心は運用法で実益の多い奇蹟を産む。 俗界では無から有を生ずるのである。

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 教育の根本理念を知らないのが、文部省と教育者でないだろうか。 教育によって、人間に真の楽を与えられず、反って苦悩を増しているではないか。この意味に於て、いわゆる宗教は阿片であるが、正純密教は教育である。

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 全智全能の神は、永遠に苦厄を滅することは出来ない。神は博愛を説かなくとも、人間の方が叫んでいる。見よ、犯罪に満ちた毎日のニュースを。 戦争のニュース、政治家の汚職、非行少年の増加、裁判官、警察官の犯罪等、神は悪を見逃しているのだろうか。

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 全能の神に奇蹟と審判の力があるのならば、核戦争を防止せよ。奇蹟の文字でよく人を悔い改めさせ得るか。 魔神よく奇蹟を示すも実益がないのが現実ではないか。平和を神に求めるや、否というは仏教である。仏は、人類に自我中心主義ある故戦争ありと指摘する。

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 仏教とは教育である。神の実在を信じ、奇蹟を求め、愛を説くような単純なものではない。 人類の理想は、宇宙の理と智から生まれる。頭と心の一致によって奇蹟も生れる。かくて真理を体現し、信仰の力はよく苦厄を去らしむ。

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 人類の共通苦は、難病と貧苦と不和から生れる。 西洋医学は物を物とみるのみで、物の外に生命を求めるが、仏教は物に心と生命をみて、真我霊魂を否定する。心は業を引くことを重視するのである。

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 戦後の混乱期は、急速に社会主義と労働運動が盛んになった。 落着きと反省心に欠けたが、反面労働条件の向上は史上第一を飾った。政策の尺度は福祉拡大の如何によるとされたが、因果の理法のとり方を忘れて、 善人が重荷を負うことになった。

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 唯物主義の一大欠点は、心が脳の作用で起るとするにあり、智は心に通ずることを知らなかった。 随って教育で智を重んじても、心の普遍性を知らず、宗教への理解もなかった。 仏教を敵視したり、否定を続けた誤りにより、邪教天国を現出するに至ったのである。

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 仏教の何たるかを知らず、形骸と因習のみを抱えて、真実を探求しなかった。
 社会主義は、仏教の人類平等一体たる哲理に立つべきである。共存共栄を理想として、共存の障りたる破壊無懺を憎む知識が要望される。

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 現下の日本人は、欧米化した社会道徳と法律により、東洋の美徳たる豊かな心の実益を破壊しつつある。 個人主義の法律、法規は悪を守り善を悩ませ、合法的犯罪を讃美することになった。青少年の非行増加は当然であろう。 悪の人権謳歌に迷っているのである。

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 教育界は依然としてイデオロギーから脱出出来ずにいる。教育の偉大な機構を活用せず、招苦の運動に励んでいる。 大衆行動、大衆合議必ずしも真に非ず。如何に数多くとも、一人の聖賢に及ばぬことありと知るべし。 真実の道は千古を経ても朽ちることがない。荒廃の人心の奥にも仏性あるが故に。

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 教育とは何か。健康で楽しく働き、豊で、社会に奉仕し、他人と共に幸福を感謝出来る人生を目指すための学業ではないだろうか。 然るに、今の教育はどうか。不健康、不足不満、出費多く、常に闘争し、不安と恐怖を造り、終りを知らぬではないか。

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 今日の教育が期待する社会とは、警察、司法機関の発展増設、監獄の増設改善、死刑廃止、刑の軽減、青少年鑑別所の増加、養老院、病院医師の増加、 社会福祉施設の増加充実、国防費、保険料の増加する世でもあろうか。

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 仏教の理想社会は、司法職員、警官が大減員し、刑務所、病院、養護施設が空室となり、弁護士、医師、福祉施設が失業する、 女性の労働条件は良くなり、帰宅も早くなって、夕食後の団欒で親子は睦まじく語らう、こういう社会である。

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 世界は一家であるとの意識をもつ。外国へ移民するに際しては、先ず人格を尊敬されて、その上で技能を買われることを目的とする。 このような移住国に永久帰化する教育を築く。狭い日本で資本主義だ、共産主義だの争いはもう沢山ではないか。実利を知らぬ程愚かなことはない。

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 エリートの陰にある、敗者の無念さは同情されてよい。徒にテストによる点数争いは人間を卑屈にして、人間の尊敬を失う。 人間の平等とは何であるか。その結論を体得するには、それにふさわしい精神教育が必要となる。

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 人間平等と唱えても、それは原則論でしかない。 テストは人間を差別するが、進歩の術ではある。 そこで、現行の学科のみでなく、善悪の判断力、労働力、奉仕精神、宗教の理解力、友情の判断力等の評価を高くすべきである。 テストは適性調査の為とする。

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 教育者を高給で遇すべしとした空海は、庶民学校綜芸種智院を開設された。 その学科には、文学、数理、天文、医学、哲学〔五明〕儒教、道教、宗教を一般教養として用いたのである。 医学は生理学ばかりでなく、病の原因を明らかにし、それを癒すことを教えたのだった。

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 空海の教育は、人倫道徳、人間苦の原因を明かし、その救済の道を説く。 生産と礼を尊び、長幼師資の順を説き、争いを厭い、良く語って和を成すを教える。 犯罪を怖れ、生命尊重の仏教を教え、積極的に人間と天地の関係の要を教えたわけである。

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 戒律は、仏教でばかり言うのではない。古の学校は今の寺院の生活よりも厳しく、校風校則という戒律を守っていた。 だから立派な国民が出来たのである。戦争を造ったのは、戒律の責任ではなく、誤った軍の破戒と、世界の大国の侵略史を真似て、 徳川三百年の眠りの取返しを計った為ではなかったか。

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 仏教のほかに平和の哲理を持つものはない。 皇室の歴史を見る時、聖徳太子以来の天皇皇族の仏教信仰の生活は、世界に類例のない、武力のない王制であったことを知る。 天皇親王の入道を禁じて、男子を軍人とした明治政府は、更に排仏毀釈の暴政を出した。誤りはその後の経過現代に至る。

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 維新の大衆に大きな力をなしたのは、実に仏教である。 疲れた薩長は、当時金と権威のあった仁和寺の住職小松宮を還俗させ、征夷大将軍とし、仁和寺の手形〔紙幣〕を出して鉄砲を充実し、 出陣に用いたのである。菊の紋章の天皇旗は、俄づくりながら、その実、仁和寺本堂の水引を用いたのである。こういう歴史は伏せられて来た。

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 今の天皇家も、時の政府容人に随うのみで、未だ神道的である。 先祖の歩いた智的信仰と、密教の高尚深遠な哲理が国家の経営、国民生活に益多きことを知らず。役人のつくるスケジュールの外に出ない。 皇室ゆかりの寺に行っても、単に見学なさるのみで、空虚なものである。

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 米国大統領の就任式では、バイブルに手を載せて神に誓うという。日本も昔は、天皇が仏や神に、国の安泰と国利民福を祈られたのである。 現代文明に於ても、この謙虚な精神が国民の理解と協力を得ることを忘れてはならない。

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 二十一世紀の教育は、実生活から反省し、人の尊厳を掘出すことである。それでこそ科学の成果を活用出来るというものである。 家庭の平和を育てる心が世界平和につながる。国土の狭い日本は、発展途上国に歓迎されるような人造りの教育を忘れてはならない。

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 産児制限のみが豊かさの元ではない。世界はまだ広い。狭いのは人の心である。立派な人格者のいる日本であれば、どこにも分家が出来る。 過去の侵略的移民を反省することである。先ず日本人自ら戒めの勇気をもって、悪を制したいものである。

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 退職後の教育者は自由に教育の本質に帰り、管制から脱した、真実教育の実践が出来る。再就職するよりも、新しい不死の教育者となることである。 永い経験を教育の中にとり入れ、心身共に役立つ教育者となることが求められる。

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 仏教〔密教〕とは教育であるとの提唱こそ、人類不滅の平和運動である。口先やイデオロギーの平和戦術では限りなき不安を残すのみ。 人知から仏智を探求してこそ、この世に生れた甲斐があると言えよう。日本文化は仏教文化を否定しては残るものがないことを想起しよう。