各宗祖師の御遠忌を迎える時は、それぞれ宗団で宣伝が行われて来ました。弘法大師さまの一千百五十年御遠忌法要に当り、
大師の史実が明らかにされ、中国から伝えた文化財、殊に密教関係の法具類、曼荼羅等の文物が紹介され、
また大師の著者や筆蹟等が盛んに出版されていますが、その量は驚くばかりで、他の宗祖に見られない豊富なものであります。
全国主要都市のデパートや博物館に於て弘法大師展が開かれたのは特筆すべきことで、いずれの会場も盛大でありました。
空海の密教を迷信仏教として誤った批判をする仏教学者は殆ど見られなくなりました。
宮坂宥勝博士を首めとする密教学者の立派な研究が発表されたからでしょう。
不祥拙僧の著作で、最も注目されたのは、加持による現世利益の実現、解説は今迄になくわかり易いものだ、ということでした。
仏教は死後の往生浄土を説くものとのみ信じてきた国民には、全く考えも及ばない素晴らしい社会に益する仏教であることを知ったという、
賛嘆の言葉も頂戴したのです。及ばずながら、以て大師の教えを讚仰し奉ったと思っております。
このようにして、空海の偉大さ、密教教典の貴重さは、現実生活こそ大切であることを教えたことにあるという理解が広まりつつありますが、
肝腎の全真言宗本山と末寺が、これ程偉大な祖師と教理の宝庫を有しながら大師の誓願を実行に移すべき方法手段の強化を忘れ、単に祈念法要を行い、
寺院の改修、増築を行う程度では、祖師に対して甚だ申訳がない思いがすることです。吾が高野山宗団も、
宗門の学園の充実その他に力を尽くしたことは立派なことですが、大切なのは大師を単なる一宗の祖師としないで、
全仏教を一丸をした総合仏教の大指導者と推すことでしょう。
大師は常に全仏教を念頭において、全仏教の発展が日本の真の発展であると考えられました。
世界宗教にふさわしい唯一絶対の哲理を説くと共に、その実践方法として綜芸種智院を開設されました。
資金難のため途中で廃止されましたが、その創業、建学の趣旨は、日本国に限らず、人類教育の規範になるもので、
教育による人類福祉の根本を包蔵したものであります。その上、寺院僧侶の道は別に示され、密教教学とその実践方法は、
即身成仏の道にあると示されました。しかもこの即身成仏の道は、単なる観念的成仏や見性に止まらず、
心と共に肉体も功徳身であり、従って心身共に円満とするものなのです。かと言って物断ちや荒行を強いるような、
特殊な能力を目指す信仰ではなく、霊肉一つとなって社会の苦厄を除き、豊かで健康で円満な極楽を期するもので、
こういう成仏神変加持の世界が密厳の理想社会である訳です。この期待を忘れるばかりか反仏教思想や、邪教に対して何等対処しないでいるのは、
果して許されることでしょうか、これは宗派仏教的な根性があるからでもありましょう。確かに各宗の成立には、それを必要とした時代背景があります。
しかしながら、文化が進み、経済、科学がめざましい発展をとげている今日、
仏教界が未だに自宗の我執に立っているのでは、社会から見捨てられてゆくばかりです。
新興仏教ならまだしも、信仰疑似仏教の宣伝によって、
無智の大衆は既成寺院が惰眠をむさぼっている間に新興宗教は活気ある布教と事業を行っていると信じ込まされていることに気付かねばなりません。
私は昭和大仏と附帯設備を早く完成させ、如来の加持、諸天の護持によって、大師の誓願実現すべく邁進致します。
それには密門会会員諸賢の御協力を頂かないとなりません。尊い菩薩行に生きる密門会の皆さまと共に、今年の聖業の発展成就を願う次第です。