京都講習会が終了した席で、全く前ぶれなしに、拙著『密教祈祷の秘密』の点字訳を贈呈されたのには驚きました。
感激しました。御主人同道で、『密教祈祷の秘密』を盲人のために点字訳しましたと、写真帖のような大冊の貴重な本を贈呈されたのです。
二ケ年の御苦労だったそうです。
私は昭和四十八年に自分の拙ない経験を、大師の教え、即ち真言密教の教えから考えて発表して以来、
読者からの感動したというお手紙や、書評の葉書をお受けして一層励まされて書いたものが、六冊を数えます。
更に手許には次の原稿が九分通り出来上っております。
私如き者の本を購読されたお方がこんなに喜び感謝の文を寄せられておるのですから、
他の高徳の学者の本にはまだまだ沢山の書評が贈られていることと思っております。
けれども、密教本を点字に訳して、盲人のために二ケ年の労作をもって遂に完成された、この一事を眼前にした著者の感激は、
おそらく他に二人と知ることができないのではないかと光栄に存じます。
この幸せを頂いたのも、要するに如来の大悲を、祖師空海が多くの名著の中に明かにされていたからです。
特に衆生救済のためには、必ず誰でも救われるものでなければならないとして求められた『大日経』について、
解り易いように苦心の上に築かれたのが、神変加持の解説であります。
その『開題』と、最終発表の『即身成仏義』によって、成仏道は加持神力の外に早く誰でも成就することがないということを、私なりに頂いた信心、
加持神力をありのままに発表させて頂いたお陰であります。
密教と申しても、雑部の密教では知ることのできない、大師が最も苦心してお書きになった加持の解説を、現代に解るように、
即ち鎌倉仏教を以って大衆仏教の最たるものとした、従来の顕教の学者、また、密教学者の多くも気の付かなかったことを、
頂いたままに素直に書いたのです。絶対他力易行道の根拠は正純密教に在るというのが、それです。私が私の計いで書いた創作ではありません。
和文のない時代、漢文のみの時代にお書きになられた弘法大師の著書は当然のことながら漢文でありました。
宗門の学問所では、祖師弘法大師空海の著書を、『十巻章』と申しまして、この十種類の論文を、真言宗の教の要として教えてきましたが、
実際は漢文体なるために、大学でもこの原文の講義は困難でありますが、各冊の論文を解説、或は意訳をして、
全体的にこの論は何を説く特長があるかということを教えたのです。が、その前に、『十巻章』の素読を以って、
読むのみでも学生の単位取得の条件としてきた程難解でありました。随って、無学同様の劣慧の私には、真言密教が絶対他力の教理であることは、
先徳の教でも大学講義でも得たものではありません。最初に書いた、『難病を救う真言密教』に述べてありますのは、
自らの戦災体験で私の心に湧き出した与えられた信心であり、頂いた大日如来の救いなのです。大日如来の前に、阿弥陀如来の本願力、
現世無常の真理を心底から頂いた時に自然に流れ出たのが念仏でありました。そして戦争の犠牲を見、
個人ではどうすることもできない悲惨な有様を目にした時、正に娑婆という言葉を一層深くした修羅地獄の苦しみを知った訳です。
その苦の中にも、救いの光り、目に見えない不思議を悟らざるを得ないことがありました。
平和に帰った時の安堵感と共に、平和の中にもまたまた苦厄が続くことを知りますが、
やはり平和は浄土の反映であることとつくづく感じさせられました。大日如来の大悲本願は、非常の時のみならず、
三世常恒に及んで大悲を垂れて下さっておることを知るに至ったのです。平素安楽の時、苦痛なき時に忘れがちなのが仏恩であります。
苦しい時の神頼みの如く、幸せな時は感恩も求める心さえも眠るのが凡夫の常です。
大日如来は生死の迷苦に止まらず、一切の場に於いて、総ての苦を抜く道を説いておられるのですが、凡夫はこれを聞くこともなく、
自我迷妄の三毒煩悩の生活をしているのです。
人はこれでよいという幸せの楽の限界を知りません。真の幸せ、喜びは物作物業に協力できることにあるのです。
両眼を開いた私共は、盲人の方々に比べると一応幸せで自由のようですが、要は心願を開くかどうかにあります。
両眼が不自由でも、この点字によって、御仏の広大なる大悲と加持力が成仏の早道たることを知ると、心眼が開かれ、
豊かな精神生活を送られるものと思います。この喜びに結ぶ、点字本を成された中川○○さんの功徳の大きいことは、茲に申上げるまでもありません。
会員の皆様と共に心からなる賛辞と敬意を捧げるしだいです。