世界には宗教が多く、極端な表現をすると、教団として役所に登録しているだけでも、
夜空の星の数に比べられる程でしょう。けれども、この多くの宗教と称するものを、宗教学的に分類しますと、
凡そ三種類になるでしょうが、しかも更に大別しますと、原始宗教と、哲学を説くところの進歩した宗教に
分類されます。単なる習俗的信仰と、哲理と倫理道徳を説く信仰にしても、三分類しなければ、その区別を
明確に示されません。
三分類とは、天啓教と総称される多神教、一神教、そして無神論に立つところの汎神論といえるようです。
天啓教とは仏教以外の宗教の多くはこれに属します。要するに、人間の外に神霊があり、その神霊の方から、
人間の方に啓示とか霊感を与えるものであります。即ち人間が求め祈ることにより、外部から救われるとする
教えであります。日本の場合は、神道がこの天啓教の中の多神教として、八百万の神を認める祭祀を行ないます。
神社によって多くの神名がありますが、その神様にも位があって、高位の御霊、中位下位を認め、下々に
至っては大神の眷族神として崇めるようです。この原則の上に立って、神霊の恩寵を得る道を説くのが特徴です。
大昔は教がなくとも、神霊を認めて、畏敬の念を持って、供物を捧げて祈りがあったといわれます。
この多神教は世界中にありました。トウテム崇拝と申して、巨木や奇岩奇石に神霊を認めるが如き心理が
認められます。
これに比べられるのが一神教です。即ちこの宇宙を全知全能の神が造ったとします。これは唯一絶対の神で、
この神の外には神は無いと説き、この神様の外に在る者は悪魔であるとし、他の神を否定して拝む事を禁じて
おります。唯一絶対の神を信仰して、神の愛にすがって、祈るのです。この一神教として明瞭な宗教は
キリスト教です。旧教の教会と派流が沢山ありますが、唯一の全知全能の神を信じることは共通です。
この一神教を信ずる点では、イスラム教も同じことのようです。唯一絶対の神として認めるのが、アラーの神です。
随って、キリスト教にしてもイスラム教にしても、信ずる者の信念が強烈であるから、異教徒には厳しく、
常に独占欲が盛んです。その自我主張、自我優先優位意識が、多くの騒乱や戦争を引き起す原因となっております。
又神の名によって搾取が行われます。キリスト教団では、国家の税金のほかに、例えばドイツの場合は教会税
を信徒に課して、外国に居住しても、その税を送金させる程です。日本では考えられないことです。
この一神教と対照的なのが仏教です。全くその教えは反対なのです。即ち仏教は無神論を立場としております。
しかし、多神教的な神霊の存在は認めていて、神霊を粗末にすることはありません。場合によっては、
神霊と称する中には迷妄な魔霊の存在を知るから、必ずしも神霊を敬うということはありません。寧ろ叱咤驚覚
を計ることさえある訳ですが、この場合は神霊とは呼び兼ねます。仏教で神霊として認めるのは、仏法守護の神霊
として尊ぶのです。
偖、仏教は無神論の宗教でありますが、このようなものは、世界宗教の中で唯だ一つの存在です。仏教は宗教
でなく哲学である、或は心理学の学問であるとさえ評する者があったことも、うなずけることです。
仏教とは真理追究の教であって、この心理に到った場合を悟りを得たと申します。言い換えれば、悟りの道を
仏教と称するのであります。
ところが、仏教が伝来した国々では、同じ経典を読んでも、それぞれの国の歴史、民族の風習や、風土のよって
解釈に差異を生じました。特に日本では源平の争い以後の乱世に生れた法然、親鸞は、この悟りの仏教を修得し
ながら、仏教の悟りは至難の行願であり、人間の到底なし得るものでない、特別な上根上智の仁に非ざれば求めて
得られないものとして、阿弥陀如来の請願を唯一の救いの道として信じ取られました。現世は流転変化して、
何一つ幸せの元として期待できるものはなく、それ故、この因縁変化の現世を捨てて、一筋に阿弥陀如来のお誓願
の願船に乗りお委せし、後生安楽こそ間違いなきものであるとし、念仏する衆生を搾取して捨てずとの大願を
信じる道こそ仏教であると教えられたのであります。
かのように仏教の教義は一見相反したものですが、この悟りを否定した如き浄土教も、信心が決定した時に
求めずして得られるのは悟りに外ならぬことになるのであります。
更に進んで、同じ仏教でも印度で最後に成立したのが密教教典であります。この密教の骨格とも称するものは、
正に科学的な立場であって、科学と相反する一神教と異なり、科学に相応すると申してよい程です。
寧ろ科学が遅れていることを原則的に知らされるのです。なるほど科学には発展経過が認められますが、
科学で立場とする唯物的な点が、仏教に遅れているのであります。即ち「物」の見方です。科学は物は物という
立場ですから、実在としての心は認めません。心は人間の肉体という物質の働きの上に見る一つの現象に過ぎず、
死と共に心は消えるというのです。
ところが、仏教では「物」を単に物質として見るのみでなく、「心」と両面の働きをする実在体であるとする
のです。
随って「物」「肉」は同時に心とも精神体とも見るのです。物の本質の外に「心」があって、この二つが混合
したと見るのではありません。物即精神を真理とするのです。こういう考え方があるから、総て物の価値観が
異なって来て、偉大な価値を有する教となって、全人類の不退の幸福の道を発見するのです。善悪の判別も自ら
進歩して、社会万般の制度に新しく光を見出し、人の道、法律、政治行政に画期的な安定した展開が期待される
のです。
殊に人類の真のの幸福として、不安と闘争のない豊かな生活が与えられるのです。
この意味で、唯物的な考え方、近代文明の行詰りが解明されるという点に於て、密教こそ最も豊富な教と資料を
有するものなることを知るのです。
この重大な人類の宝は、世界に国多しと雖も、日本のみに整備されておるのです。この密教の蔵する教理の
中から、哲学、宗教、心理学、倫理、社会、医学、法律、経済、国防、労働、男、女、児童、世人の問題を鮮明に
説くことができるのに、明治以来の日本政府は昔の仏教僧の悪い面のみを見て、嘗てなかった筈の国学神道を極端
なまでに取上げる政治によって、遂に大東亜戦に突入する経路をたどるようになったのです。
今日、文部省は米国の教育方針に染まり、折角の宝庫を封鎖同様の扱いにして、単に宗教団体に税の境遇のみを
与えておるに過ぎません。
私は、憲法上義務教育課程には宗教も情操教育もできないけれども、高校、大学教育課程には当然、高度の心理、
社会、倫理、医学、経済、福祉、外交問題を教えると、人類史上最高の教育成果をあげて、世界に真の平和を期待
し招来することも夢でなくなると思うのです。今日の与党自民党の不祥事を首め全政党と官僚の不審多き事態を
知るにつけ、教育の中に宗教学を課程とする運動を最も尊く大切な天務と感じておる次第であります。